獣医師による手作り食・自然療法ガイド

犬と猫に必要な栄養素

 from 2017 Nutrition Seminar  

犬と猫で基準が決められている栄養素は、タンパク質(アミノ酸)、脂質、ビタミン、ミネラルだけです。ペットフードのラベルにもこれらの分析値しか記載されていません。そのため、犬猫の食事を作ったり、ペットフードを選ぶときには、ついこれらを基準にして考えがちです。でも食物には動物にとって重要な役割を持つ物質がもっとたくさん含まれています。

今回は、”基準が決められている栄養素を必要な量与える”という基本の概念を超えて、食事とは何か、本物の食物が与えてくれる恵みとは何かについて考えてみましょう。

食べ物が与えてくれるもの

三大栄養素(タンパク質・脂質・炭水化物)

タンパク質・脂質・炭水化物は、生命維持に欠かせないエネルギー源(カロリー)となる基本の栄養素です。

タンパク質

エネルギーとして使われるほか、筋肉や皮膚、臓器、被毛、血液などの構造を作り、細胞同士の連絡や遺伝子の発現を行うホルモン、シグナル伝達物質、神経伝達物質としても働いています。消化酵素、免疫系の健康に重要な抗体やインターフェロン、細胞のターンオーバーを促す増殖因子もタンパク質です。動物の体を工場に例えると、タンパク質はオートメーション化された機械や部品で、それらを動かす動力源が酸素と食べ物から作られるエネルギー(ATP)です。工場自体もタンパク質で建てられており、何をどれだけ作るか相談して決める作業員や管理者もタンパク質でできています。

摂取したタンパク質の3割以上が被毛や皮膚の維持だけで消費されてしまいます。

タンパク質は約20種類のアミノ酸がさまざまな組み合わせで結合してできており、このうち犬では10種類、猫では11種類のアミノ酸を体内で合成することができないため、食事で与える必要があります。肉や魚、卵を主食にしていれば必要なアミノ酸をすべて満たすことができます。くず肉(ミール)や豆類などをタンパク質源として使用しているペットフードでは、必須アミノ酸が足りなかったり、アミノ酸バランスが悪いため、合成アミノ酸を添加物として加えています。これらのタンパク質源が犬猫にとって”低質”と呼ばれてるのは、これが理由です。

脂質

タンパク質や炭水化物の2倍以上ものカロリー密度をもつ脂肪は、野生時代の犬猫にとって貴重なエネルギー源でした。体の成長や発達、脂溶性ビタミンの吸収・貯蔵、細胞膜の形成と維持、炎症促進因子や抑制因子、リポタンパク質、ステロイドホルモンの合成に利用されます。工場の動力源でもあり潤滑油的な存在ともいえるでしょう。

動物性油脂植物油があります。どちらも量だけでなく、酸化(劣化)しているかどうかが健康を守るポイント。一般的に肉や魚などの動物性脂肪は空気に触れると酸化(劣化)しやすいため、新鮮なものを与えることが大切です。植物油も熱によって劣化しやすいものがあるため上手に選ぶ必要があります。

酸敗した油脂は健康の大敵!

炭水化物

糖、でんぷん質および繊維質に大別され、おもに植物性食品に由来します。糖やでんぷんが分解されてできるブドウ糖は体中の細胞のエネルギーとして使われ、一部がタンパク質や細胞の修飾、粘液などに使われます。犬猫には炭水化物の摂取基準は定められていません。犬も猫もタンパク質や脂質などから糖を作ることができ、特に猫ではこの能力が高くなっています。

犬や猫では炭水化物の摂取量をなるべく少なくすることが病気予防に役立ちますが、この主な理由は、肉食動物が炭水化物を消化するのに必要な酵素をあまり持っておらず消化器系に負担をかけてしまうことと、余分な糖分が血糖値をあげたり、体脂肪に変換されたりして、メタボ状態を起こしやすいためです。ただし、たんぱく質や脂質を与えることができない一部の疾患では糖がエネルギー源として役立つことがあります。

猫は甘さを感じる味覚がなく、体内で糖センサーとして働くグルコキナーゼも持っていないため、うまく血糖値をコントロールすることができません。飼い主がセンサーになって摂りすぎに気をつけてあげましょう

ビタミン

ビタミンは生体の機能に少量(マイクログラム〜ミリグラム単位)が必要とされる有機化合物です。工場のアシスタントとして機械や部品が動くのを手伝っています。

動物性食品にも植物性食品にも含まれており、サプリメントには食物由来の天然ビタミンと、人工的に作られた合成ビタミンの両方が使われています。犬も猫も動物性食品由来のビタミンの方が吸収しやすい傾向にありますが(特に猫)、合成ビタミンでもリポソーム化などによって吸収率を高めることができます。それぞれのビタミンについて犬猫での摂取基準が決められていますが、「必要量」が「最適量」とは限らないことに注意しましょう。

  • 脂溶性ビタミン(A・E・D・K)免疫系、皮膚や眼、骨の健康、血液凝固など幅広い生体機能に必要とされます。消化管での吸収に脂質を必要とするため、肉や魚など脂質を含む食品と一緒に与えるのが効果的。脂溶性ビタミンは体の中に蓄積しやすいため、過剰摂取に気をつける必要があります。多くは、上限値が定められています。
  • 水溶性ビタミン(B群)体内でエネルギーやさまざまな物質の代謝や生成を行なっているたくさんの酵素を助けています。神経系の正常な活動にも必要。熱に弱く、加工処理によって非常に壊れやすいため、ペットフードを作るときは壊れる分を見越して多めに加えられたり、後付けされたりしています。手作り食でも加熱しすぎないよう注意が必要です。
  • コリン水溶性のビタミン様物質で、脳の機能や細胞膜の維持、神経活動、血小板機能などに関与しています。犬猫では十分量が肝臓で合成されますが、必要量が多い子犬や子猫、合成能が低下する高齢期に気をつける必要があります。
  • ビタミンCフリーラジカルの抑制、免疫力の増強、創傷治癒の促進、薬物代謝などに関与する水溶性ビタミン。犬猫では体内で合成されるため、基準値は設けられていません。ただし、疾患・ストレス時や高齢期には必要量が合成量を上回るため、多めに与える必要があります。野菜や果物に豊富に含まれており、動物性食品では摂取することができません。

ミネラル

カルシウムセレンなどのミネラルは、工場の機械や部品を補強したり、作動を介助したりする役目があります。動物性食品にも植物性食品にも含まれており、ビタミンとは違って、熱に強く壊れにくいのが特徴。

食品の中では、他の化合物と一緒に複合体を形成することが多く(有機ミネラル)、このタイプのミネラルは動物が利用しやすく、過剰量を投与しても毒性を起こしにくくなっています。その代表がヘムです。ペットフードやサプリメントには安価な無機ミネラルが使用されることが多く、これらのミネラルは量が過剰になると結石を作ったり、臓器に沈着したりする傾向があります。

栄養基準が決められていない食物の恵み

食物にはその他にもたくさんの成分が含まれています。これらの成分は摂取基準が決められていませんが、工場の環境を改善したり、機械や設備のサビや劣化を防いで、いつまでも長くスムーズに操業できるよう働いています。

抗酸化・抗炎症成分

遺伝病、外傷を除く疾患のほぼすべてが酸化と炎症から始まるといっても過言ではありません。若い頃は体にもともと備わっている抗酸化能によって酸化ストレスにもうまく対処することができますが、加齢とともに抗酸化能が落ちてくると、酸化ダメージによって炎症が起こりやすくなり、免疫力の低下と相まってがんや腎臓病などさまざまな病気が生じるようになります。

抗酸化成分には、生体内で合成されるグルタチオン、ビタミンC、酵素(SOD)や食事で摂取するビタミンEビタミンA、カロテノイド、ポリフェノールなどがあります。魚介類の脂肪には犬猫での健康効果が証明されているオメガ3脂肪酸が含まれています。

カロテノイドやポリフェノールは、主に植物に含まれている何百〜何千もの種類の化合物の総称で、有名なものにルテイン、ゼアキサンチン、カロテン、ケルセチン、アントシアニン、カテキンなどがあります。特に色の濃い野菜や果物に豊富ですが、一部は動物性食品にも含まれています(アスタキサンチンなど)。

1種類の成分を抽出してサプリメントにし、その効果を検討した研究が多いのですが、実は、これらの抗酸化成分の本当のパワーは「相乗効果」にあります。相乗効果とは、複数の種類の物質がお互いの作用を高め、補い合うことで、より大きな作用を発揮することです。限られた数の成分を高用量で摂取するよりも、たくさんの種類を少しずつ混ぜた方が効果が大きくなります。この原理を利用して薬にしたのが漢方薬です。

本物の食物には、まだ存在が知られておらず、サプリメント化されていないたくさんの抗酸化成分が含まれています。

野生時代の犬や猫は、獲物の胃袋に入っていた半分消化済みの植物を間接的に摂取したり、たまたま見つけた木の実を口にしたりする生活を送っていたと考えられており、植物性食品を与えなくても全ての栄養を満たすことができます。でも新鮮な野菜や果物に含まれる数多くの抗酸化成分の相乗効果を利用しない手はありません。犬猫に与える際のコツは、消化されやすいように細かく刻むかピューレにしたり(特に猫)、発酵させたもの(草食動物の胃の中を再現)を与えることです。

その他の機能性栄養素

水分

水分を栄養として考える専門家は少ないのが現状ですが、本物の肉や魚、野菜、果物の半分以上は水分です。実はこの食品中の水分が犬猫の健康に非常に大きな役割を果たしています。これは、この半世紀で”犬猫の健康を考えた”ドライフードが普及したのに伴い、尿石症、腎臓病、甲状腺機能障害、糖尿病などが逆に増加する傾向にあることからも伺えます。もちろん、ドライフードには穀類の大量使用など他の問題もあり、疾病の発生には高齢化や環境等も影響するため、水分だけが原因とは言い切ることはできません。でも漢方医学の視線でみると、高熱処理によって極限まで水分を減らしたペットフードを食べている犬猫では「陰虚」や「血虚」「痰熱」の状態が非常に多く見られます。いずれも体液の量や巡りが低下して体に熱がこもった状態となり、臓器に障害をきたすのが共通の特徴です。

水を飲ませればいいだけでは?

肉や魚に含まれている水はただの水ではなく組織液・細胞液です。

イオンバランスに優れているため、動物の体に浸透しやすくなっています。皆さんもただの水を飲んだ時はすぐにトイレに行きたくなるけど、ポカリスエットなら大丈夫…という経験はありませんか?

食物繊維

炭水化物の一種で、植物由来の繊維(全粒穀物や豆類、根菜に豊富)と動物由来の繊維(皮、腸、骨、軟骨、腱、毛など)があります。動物自身の栄養にはならないため、必ず与える必要はありませんが、腸内細菌のエサとして腸の健康の維持に大きな役割を果たしています。

食物繊維は少なすぎても多すぎても下痢や便秘を起こすことがあり、一頭一頭の腸の状態によって反応が大きく異なります。植物性の繊維は、与えすぎると消化管の負担になり、栄養素の吸収を阻害するので気をつけましょう。通常は、色が濃く抗酸化効果の高い緑黄色野菜や果物を食事の1〜3割程度与えていれば十分です。それでも便秘が気になる場合は、別の繊維を足してみましょう。便が柔らかい場合は、植物性繊維の量を減らし、豚耳や鶏皮などの動物性繊維を試してみるといいかもしれません。食物繊維を分解してくれる乳酸菌などのプロバイオティクスを一緒に与えることも忘れずに。

食物繊維には、消化管内で水を吸収して膨らみ、満腹感を与え、栄養素の吸収をゆるやかにする(阻害する)作用があるため、肥満や糖尿病対策のペットフードに使用されていることがあります。でも、こういったフードにはもともと肥満や糖尿病の原因である炭水化物食品が使用されていることが多く、そこに繊維を加えて解決しようするのは、”臭いものにフタ”をしているだけで、本当に犬猫の健康を考えた根本的な解決とはいえないので注意しましょう。

プロバイオティクス

腸の健康は、全身の健康を決める大きな要素です。下痢や便秘だけではなく、自己免疫性疾患や脳神経疾患、関節炎など、一見何の関係もないような病気にも腸の異常が根底に潜んでいることがよくあります。

腸の健康的な環境は、生まれてくるときに母犬や母猫の産道に住む細菌を摂取することから始まります。その後、周囲の環境中から善玉菌も悪玉菌も含めて多種多様な菌を取り入れて発達していきます。食物の役割も大きく、生の食物にはさまざまな菌が付着しています。例えば、野菜に塩を加えるだけでお漬物ができるのもこれらの菌のおかげですし、最近ではマンゴーにも善玉菌が含まれていることがわかり話題になりました。

これらの菌は加熱によって死滅してしまうため、加熱調理食やペットフードを与えている場合は、別に乳酸菌製剤や発酵食品を与える必要があります。

プロバイオティクス製品やプロバイオティクス入りのペットフードを選ぶ際は、製造中に菌が死滅していないこと、胃酸で死滅せずに腸まで届くこと、複数の種類の菌が使われていることなどを目安に選びましょう。犬猫から分離された菌株だと腸内に定着しやすい傾向があります。

善玉菌を豊富に含む反芻動物の胃袋をそのまま製品化したグリーントライプもおすすめです。野生時代の犬猫の食事条件に一番近いといえます。(注:焼肉用の”ミノ” “ハチノス” “センマイ”などは洗浄により善玉菌が除去されてしまっているので役には立ちません)。

酵素

ローフード(生食)をすすめる理由の一つに「消化酵素を含むこと」が挙げらている場合がありますが、犬猫の場合、これはあまり科学的な説明とはいえません。犬猫は咀嚼をしないため、食べ物は胃の中に直行、胃酸にさらされた酵素は活性を失い、アミノ酸に分解されてしまいます。したがって、食物に含まれる消化酵素が働ける時間はごくわずかの間です。ただ、効果が全くないというわけではありません。食物中には消化酵素以外にも何百何千という種類の酵素が存在し、食物の細胞内で守られていたり、胃酸に強いものがあることがわかっています。これらの酵素が失活する前に生理機能を発揮したり、食物成分を活性化したりすることは十分に考えられます。

ミトコンドリア因子

エネルギー生産の場であるミトコンドリアの機能を助ける因子としては、α-リポ酸カルニチン、CoQ-10などがよく知られています。食物には他にもミトコンドリアを助ける因子が多数含まれていると考えられています。体内でも合成することができますが、年齢とともに合成能が低下していきます。これらの多くは、抗酸化成分としても働きます。ミトコンドリアは酸化ダメージに弱いので、ポリフェノールやカロテノイドなどの抗酸化成分もミトコンドリアを助ける因子といってよいでしょう。

ホルモン、サイトカインなどのシグナル伝達物質

これらの物質も本来は犬猫の体の中で合成されるものですが、病気や老化、環境影響などによってバランスが崩れることがよくあります。

肝臓(レバー)、腎臓、膵臓など、内分泌腺や消化腺が豊富な臓器に特に多く含まれています。酵素と同じように、熱や胃酸、消化によって壊れてしまうものがありますが、中には直接吸収されて働くものもあります。


天然の食物には、この他にも抗血液凝固作用、造血作用、免疫調節作用、体温調節作用、抗腫瘍作用、抗菌作用、解毒作用など、書ききれないほどさまざまな作用をもつ化合物がたくさん詰まっています。

皆さんの愛犬や愛猫にはどれだけのものが与えられていますか?次に食材やペットフードを選ぶときは、ぜひこのことを考えてみてください。

私たち人間がカロリーやビタミン、ミネラルだけを満たした人工食やサプリメントを摂取するだけでは健康になれないのと同じように、犬と猫も食物に含まれる自然本来の姿の生理活性物質を必要としています。これらの物質は、一つ一つの濃度が測れないくらいごく微量なものですが、相乗的に働くことによって犬猫の健康に大きな役割を果たしています。

食物の恵みを最大限に生かす方法
  • さまざまな食材を取り入れることで、さまざまな活性物質を取り入れることができる。
  • 基本的には、熱や酸によって変性や劣化するものが多く、新鮮な方が生理活性作用が高い。
  • 野菜や果物は旬のものを使う。旬のものは栄養価が高く、有害な物質が少ない。
一般的なペットフード 手作り食(生) 手作り食(加熱)
タンパク質 少ない・低質 ✔︎ ✔︎
脂質 酸化 ✔︎ 要注意
炭水化物 多すぎ・低質 ✔︎ ✔︎
ビタミン ✔︎(合成) ✔︎(天然) 要注意
ミネラル 無機 ︎有機︎ 有機︎︎
抗酸化・抗炎症成分 新鮮ではない 新鮮 新鮮︎
水分 ×ドライ ✔︎ ✔︎
植物性食物繊維 多すぎ 調節可能 調節可能︎
動物性食物繊維 明確な表示なし 調節可能 調節可能
プロバイオティクス 要確認 ✔︎ サプリが必要
酵素 失活 ✔︎ 失活
ミトコンドリア因子 製品による ✔︎ ✔︎
シグナル伝達物質 失活 ✔︎ 失活

食物には健康によい成分だけでなく、栄養素の消化や吸収を阻害する物質も含まれており、これらを抗栄養因子と呼びます。

抗栄養因子の例:

  • フィチン酸:大豆や穀物などに多く含まれているリン化合物で、カルシウム、マグネシウム、亜鉛などのミネラルの吸収を阻害。
  • 酵素阻害剤:トリプシン、ペプシンなどの消化酵素を阻害。卵白や大豆などに多く含まれる。穀類やナス科植物に多いレクチンも消化酵素の働きを抑制する。
  • シュウ酸:カルシウムに結合し、カルシウムの吸収を阻害。リュバーブ(ダイオウ)などに多く含まれる。
  • アビジン:卵白に含まれ、ビオチンと結合して吸収を阻害する。

この他、植物性食品中には、動物の健康に悪影響を及ぼすグルテンレクチンなどの物質も存在することがわかっています。

これらの抗栄養因子やグルテン、レクチンは、植物が動物に食べられすぎて絶滅することがないよう長い時間をかけて進化させてきた戦略といえます。

これらの影響を防ぎつつ、植物の力を最大限に生かすコツは、旬の食材を取り入れること同じ食材ばかりに偏らず、いろいろなものを少しずつ取り入れることです。

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