プロバイオティクス製品の効果に関する新しい研究が発表されました。健康な人とマウスでの調査ですが、全身麻酔下の内視鏡検査で採取した腸組織を使って腸内細菌叢の解析を行なっており、糞便中の菌の分析を行うよりも正確に腸内細菌叢の様子を知ることができるため、非常に貴重なデータです。
論文情報
- Zmora et al. Personalized Gut Mucosal Colonization Resistance to Empiric Probiotics Is Associated with Unique Host and Microbiome Features. Cell 2018 Sep 6; 174, 1388–1405.
- Suez et al. Post-Antibiotic Gut Mucosal Microbiome Reconstitution Is Impaired by Probiotics and Improved by Autologous FMT. Cell 2018 Sep 6; 174, 1406–1423.
掲載誌「Cell」は細胞生物学分野で世界トップレベルのジャーナルです。
プロバイオティクスは本当に腸内に定着する?
犬猫用にもたくさんの種類のプロバイオティクス(生菌)製剤が売られています。でも本当に腸内に定着して増殖し、腸内環境を変えることができるのかはわかっていません。うんちの硬さやにおいが改善するかどうかである程度の効果を判定することができますが、プロバイオティクス製品の多くには食物繊維や善玉菌の培養液といった他の成分も配合されているため、これらの成分が働いているだけという可能性もあります。
乳酸菌などのいわゆる”善玉菌”を生きたまま製剤にしたもの。腸内で増えることで悪玉菌の増殖を抑制し、健康効果を発揮すると考えられていますが、医薬品としては認められておらず、健康補助製品として位置付けられています。善玉菌が好んでエサにする食物繊維はプレバイオティクスと呼ばれ、よく一緒に組み合わせて配合されています。
今回の論文ではこの問題も検討。健康な15人のボランティアを2つのグループに分け、第1グループ(10人)にはプロバイオティクス製品を、第2グループ(5人)にはプロバイオティクスを含まないプラセボ(偽薬)を1日2回4週間にわたり投与。使用されたプロバイオティクス製品は、乳酸菌、ビフィズス菌などの11種類の生菌250億個以上を含み、胃酸で死なないようダブルコーティングされたもので、プレバイオティクスは配合されていません。プラセボには腸内細菌のエサになりにくいセルロースが使われています。
投与の開始前と開始後3週目に内視鏡で腸検体を採取し、分析したところ、菌の種類や腸管の部位によってバラツキはありましたが、プロバイオティクス群ではプラセボ群や投与開始前と比べてプロバイオティクス株の菌数が有意に増加していました。ちゃんと生着できているようです。
ところが、これはプロバイオティクス群の全員の結果を合わせた場合の話でした。プロバイオティクス群の一人一人を見てみると、プロバイオティクスが非常によく定着・増殖した人が2名、それなりに定着・増殖していた人が4名、定着も増殖もほとんどしていない人が4名いることがわかったのです。
また、この研究では糞便中に排泄された菌の解析も同時に行っており、糞便中にプロバイオティクス菌が含まれているからといって、腸内に定着しつづけるとは限らないことも明らかになりました。今まで、糞便検査を頼りに腸内細菌叢の検討が数多く行われてきましたが、これらの研究で得られた結果にはあまり意味がない可能性が出てきました。
善玉菌が増えるか増えないか明暗を分ける要因は?
では、善玉菌が生着するかしないかはどう決まるのでしょうか。この論文はそこのところもちゃんと調べてくれています。
プロバイオティクス菌が定着して増えやすいのは、もとから同じ種類の善玉菌数が少ない人でした。さらに、定着しやすい人では、もともと腸管における免疫反応および炎症に関わる遺伝子の発現が上昇しており、定着しにくい人では、消化や代謝に関わる遺伝子の発現が高いことがわかりました。また、プロバイオティクス投与後の遺伝子発現の変化では、定着しやすい人としにくい人だけでなく、腸管のどの部位かによっても異なる傾向を示し、同じプロバイオティクス製品でも人や部位によってまったく反応が違うことが明らかになりました。
抗生物質投与後のプロバイオティクスの効果
抗生物質の投与は、細菌感染症の治療に非常に重要な役割を果たしていますが、投与により腸内細菌叢のバランスが崩れ、軟便や下痢を起こすことがあります。そのため、抗生物質投与後は必ずプロバイオティクスを投与するというのが人医療域でも獣医領域でも常識となっています。しかし、実際に生きた腸の中でどのような変化があるかはまだわかっていません。
そこで抗生物質投与後の腸管細菌叢の変化を調べるため、健康な21人のボランティアを3つのグループに分けて抗生物質を7日間投与し、その後、1群(8人)にはプロバイオティクスの投与が4週間行われ、別の1群(6人)には便微生物移植が行われました。最後の1群(7人)は抗生物質投与のみで他には何も行われていません。抗生物質の投与終了時と、その3週間後に内視鏡検査により腸組織の採取が行われました。
健康な個体の糞便を採取し、自身または別の個体の腸に注入する治療法で、大腸疾患の治療に用いられることがあります。この研究では、抗生物質を投与する前に便を採取しておき、抗生物質投与後に本人に戻すという自己移植が行われています。犬猫でも治療に使われることがありますが、ドナーの糞便の保存方法や感染症の有無の確認などの厳格な管理が必要とされます。
その結果、抗生物質投与後には糞便に排泄される細菌数が大幅に減少し、腸内細菌叢のバランスも大きく変わることがわかりました。
その後、プロバイオティクスを投与した群では、プロバイオティクス菌が良好に増え、平均すると何も投与しなかった群の8.7倍、便微生物移植を行なった群の54倍まで増えていることがわかりました。しかし、ここでも個人差があり、プロバイオティクスを投与した8名中3名では、プロバイオティクス菌の増殖がほとんど認められませんでした。
さて、それでは被験者たちは抗生物質を投与する前の健康な細菌叢を取り戻すことができたのでしょうか。便微生物自己移植を行なった群は、もとの微生物叢に戻るスピードがもっとも早く、最短で1日で回復。予想通りの結果でした。抗生物質投与後、何もしなかった群では回復までに21日ほどかかりました。そしてプロバイオティクス投与群では、28日が経過してももとの細菌叢が回復することはなく、プロバイオティクスの投与をやめてから5ヶ月経ってもこの状態が続いていたそうです。
菌数や菌のバランスだけではなく、腸管の遺伝子発現においても、便微生物移植した被験者と何もしなかった被験者では回復が早く、プロバイオティクスを投与していた被験者では遅いことがわかりました。
そこで、実験に使われたプロバイオティクス菌を実験室で培養して培養液の上清を採取し、人の糞便から分離した微生物の培養に用いたところ、増殖が抑制されることが明らかになりました。この結果から、プロバイオティクス菌が培養液中に分泌する何らかの物質が、もともと人の腸に住んでいた細菌の増殖を抑えているのではないかと考えることができます。
獣医師の解説
今回の研究は、少数の健康な人間とマウスで期間を限定して行われたもので、使用されたプロバイオティクス製品も1種類だけです。得られた結果がすべての人に当てはまるのか、また、犬猫にも共通するものなのかどうかは現時点ではわかりません。特に完全肉食の猫は、プロバイオティクスに対する反応が犬や人とは大きく異なる傾向にあります。
また、糞便検査が信頼できないとなると、飼い犬や飼い猫ではよほどの腸疾患が疑われない限り内視鏡検査を行う機会はありませんから、どのような善玉菌が住んでいるのかを正確に知ることが難しくなります。これらの多数の不確定因子を踏まえた上で、今回の研究結果を犬猫の健康管理に生かすとしたら次のようなことが言えるでしょう。
もともと腸が健康な犬猫
“腸が健康な犬猫”の目安は、便が固すぎず柔らかすぎず1本につながっており、においも気にならないことです。便の回数は1日1〜2回。手作り食を食べている猫では2日に1回程度でも、便が固くなければ正常範囲です。
もともと腸が不健康な犬猫
- もともと善玉菌が少ないと思われる犬猫には、プロバイオティクスが生着しやすい可能性がある。
- 同じ製品でも一頭一頭の反応が大きく異なる可能性があるため、1つの製品を3〜4週間試してみて、効果が感じられなければ、別の製品に切り替え、最適なものを探していくのがよい。
- 善玉菌の種類(菌株)によっても反応が異なるため、異なる菌株を試すか、複数の菌株が含まれているものを選ぶ。
- 抗生物質投与後は腸内細菌数が大幅に減るため、善玉菌を増やして細菌叢を完全に入れ替えるチャンス。でもどのプロバイオティクスが効くかは個体差があるので、やはり複数の菌株や製品を試してみるのがよい。
- プロバイオティクスが将来もずっと定着するとは限らない。与えつづける必要があるかもしれない。
“不健康な腸”の犬猫は、軟便や便秘になりやすく、便が臭いのが特徴です。便秘の場合は、便の水分が少なくて硬く、1本につながらずにコロコロとしていたり、細くなっていることもあります。軟便の場合は、便の回数が1日2〜3回以上と多めです。