犬の「逆くしゃみ」を見たことあるでしょうか。普通のクシャミのように鼻と口から一気に息を吐き出すのではなく、何回も息を吸うような動作がだけが続きます。医学的には「機械感受性吸引反射 Mechanosensitive Aspiration Reflex」と呼ばれるもので、病名ではなく症状の一つです。
吸い続ける動作が何回も続くので、息が止まってしまうのではないか、発作なのではないかと心配する飼い主さんも多くいらっしゃいます。本人もちょっと不快そうですが、逆クシャミが終わるとケロッとしています。
「スンスン」「プス〜プス〜」と乾いた音で鼻先で起こるもの、「ガーガー」「ブヒブヒ」と湿った音で喉の近くで起こるもの、数回ですぐに終わるもの、1分以上続くもの、口は閉じたまま、口を開けているなど、さまざまな様子がみられます。
たまに起こるくらいならあまり心配することはありません。例えば、花粉や植物の種のように小さいもの、アロマスプレー、香水、住宅用洗剤、煙などを吸い込んでしまったような場合。鼻の中に入ってきたものに対する自然な反応なので、すぐにおさまります。
また、鼻が短い短頭種のわんちゃんは、鼻と喉、軟口蓋の構造の関係から逆クシャミを起こしやすい傾向があります。鼻先ではなく、喉に近い部分で起こるので大きく湿ったような音がし、いびきもかく子が多いです。
散歩中にリードを強く引きすぎたり、水を飲んだあと、激しい運動や興奮、気温の急激な変化が引き金になって起こることもあります。
局所の問題か全身の問題か
でも、こういった解剖学的な問題や明らかな引き金がなく逆クシャミが始まり、週に何回も見られるようになったら注意が必要です。
慢性的に継続してみられる逆くしゃみは、鼻まわりの局所的な問題か、あるいは何か全身の問題が隠れているサインです。
局所の問題
歯周病
中年期から高齢期に多い原因が歯周病です。上顎の歯茎の炎症が進行し、骨を越えて鼻腔内に達して起こります。明らかな瘻管の形成がある場合もない場合もあります。
つい先日も、数ヶ月前から週3〜4回の「逆くしゃみ」がある以外には特に異常が見つからない犬が漢方医学的な診断のために紹介されてきました。でも口の中をよく検査すると、グラグラしている歯が1本あります。歯垢が少し溜まっている程度で、特に口臭も歯石もないため、かかりつけの病院では大きな問題ではないと考えたようです。グラグラの歯を放っておくことはできませんから、まずは抜歯手術をし、それでも逆クシャミが治らなければ漢方で対策しましょうということになりました。
ところが歯科医に術前のレントゲンを撮ってもらうと、もっと大きな問題が見つかりました。見た目では正常に見えたまったく別の歯の根本から鼻腔にかけて瘻管らしき陰影が見えたのです。結局、この歯も合わせて数本の抜歯が必要でした。逆くしゃみは、術後1〜3日目に2度ほど起こりましたが、その後はまったく見られていません。レントゲンを撮らなければ、瘻管に気づくこともなく逆クシャミは今でも続いていたでしょう。その後、飼い主さんには残った歯のブラッシングを毎日がんばってもらっています。
浮腫
咽喉頭の浮腫(むくみ)は、短頭種のワンちゃんに多くみられます。舌が以前よりも厚ぼったく、唾液が多くなったのに気づくかもしれません。心臓などの循環器に障害がないか定期的にチェックし、首輪の使用はなるべく控えましょう。首輪やハーネスはどんなにゆるくても血液やリンパの流れを阻害する原因になるので、家にいるときや寝るときはなるべく外してあげてください。
腫瘍やポリープ、異物
鼻腔内腫瘍が診断された子の病歴を聞くと、鼻水や鼻血、呼吸困難より先に逆くしゃみが観察されていたということが時々あります。腫瘍やポリープは中年期から高齢期に多くみられます。
異物は植物の種子など吸い込んだり、吐いた時に嘔吐物が鼻に逆流してそのまま取れなくなってしまったもので、年齢には関係なく起こります。前足で鼻をこする動作が一緒にみられることがあります。
いずれも鼻汁の細胞診や鼻鏡検査、MRI、CTなどによる検査が必要になります。
アレルギー
春や秋などの季節に限定して起こる場合や外出した時にしか起こらない場合は、花粉やカビなどによる環境アレルギーの可能性があります。人では食物アレルギーでも鼻炎を起こし花粉症と勘違いされることがあるため、犬でも同じ現象がみられる可能性も十分あるでしょう。試験的に抗ヒスタミン剤を投与すると逆クシャミが起こらなくなることがあります。抗ヒスタミン剤はアレルギー反応を抑制するだけでアレルギー自体を治療するものではないため、できればアレルギーの原因を突き止めて除去してあげましょう。
呼吸器・鼻腔内の感染
細菌、真菌、ウイルスなどの感染症でも逆クシャミがみられることがありますが、一般的には膿性の鼻汁、クシャミ、流涙、瞬膜の露出、発咳、発熱などの症状の方が明らかです。
全身の問題
現代医学的な検査で局所の問題がみつからない場合は、全身の炎症が進んだ状態と考えます。歯周病やアレルギー、感染、腫瘍も全身の炎症を起こすので、必ずしも明確な線引きがあるわけではありません。逆クシャミは特に次のような全身疾患でよくみられます。
肥満または肥満状態を引き起こす病気
いびきもかくことが多いです。体脂肪や浮腫によって気管や咽喉頭が物理的に圧迫されて起こるため、短頭種の犬と同じような大きな湿った音の逆クシャミがみられます。甲状腺機能低下症、副腎皮質機能亢進症などの内分泌系疾患、ステロイド等の薬による副作用で体重が増えた場合にも認められます。
漢方医学的には「内湿」「水太り」と呼ばれる段階で、全身の冷えが大きな特徴です。軟便、嘔吐、尿量の増加、浮腫、流涙、鼻水、唾液量の増加といった”湿っぽい”症状が多くみられ、疲れやすい、食欲不振といった症状もあるかもしれません。循環障害による全身の浮腫のために体重が増え、肥満と間違われている場合もあります。
肥満だけが問題の場合は食事療法や運動療法を行い、内分泌系の異常や循環障害が見つかった場合は原因の治療を行うと、逆くしゃみも解消します。
慢性炎症
肥満も慢性炎症を起こす原因ですが、やせている子でも全身の慢性炎症から逆クシャミがみられるようになることがあります。やはり”湿っぽい”症状が多いのですが、冷えではなく、暑いところを嫌う、水をよく飲む、イライラしてキレやすくなる、患部が熱いといった”熱”の症状が目立ちます。実際に発熱がみられる場合もあります。
膀胱炎、膿皮症、マラセチア性外耳炎、関節炎など複数の炎症性疾患の既往または併発がみられることがよくあります。歯周病やアレルギーもよく併発し、炎症性腸炎、自己免疫性疾患が診断される場合もあります。
明らかな引き金がない逆クシャミが何ヶ月も続いてなかなかおさまらない場合は、犬種や年齢、住環境などを合わせた総合的な判断が必要です。まずは身体検査や血液検査、尿検査といった基本的な健康診断を受けましょう。原因が見つかったら、原因の治療を行えば逆クシャミは解消します。原因がはっきりしない場合は、去湿(利尿)または抗炎症作用のある漢方薬やハーブがおすすめです。