免疫力をあげるツボにワクチンを接種し、免疫応答への効果を調べるという犬を対象にした画期的な治験の結果が発表されたのでご紹介します。
Perdrizet JA, Shiau DS, Xie H. The serological response in dogs inoculated with canine distemper virus vaccine at the acupuncture point governing vessel-14: A randomized controlled trial. Vaccine. 2019 Feb 21. [Epub ahead of print]
試験方法(無作為化比較対照臨床試験)
- 一般家庭で飼育され、過去1〜3年内に犬ジステンパーワクチンの投与歴がある1〜10歳の健康な犬100頭(39犬種)を対象。慢性疾患がある犬やステロイド等の免疫抑制剤による治療中の犬は除外。
- 試験群50頭と対照群50頭に無作為に群分け。
- 試験群には大椎(GV14)という免疫調節作用がある首の後のツボに混合ワクチンを皮下投与。
- 対照群には右側頸部のツボのない部分にワクチンを皮下投与。
- 使用ワクチン:犬ジステンパー・2型アデノウイルス・犬パラインフルエンザ・パルボウイルスの組み換え混合生ワクチン。前回の接種時と同じ製品を使用。
- ワクチン投与の直前(0日目)と14日後に採血を行い、犬ジステンパーウイルスに対する抗体の濃度(抗体価)を測定。
- 0日目から14日目の変化率(14日目の抗体価 ー 0日目の抗体価 / 0日目の抗体価)を求め、抗体価が少しでも上昇した個体の割合(変化率が0を超える)と大幅に上昇した個体の割合(変化率が50%以上)を計算し、群間で比較。さらにこれとは別に抗体価を対数変換し、0日目と14日目の差を求めて比較を実施。
結果
全頭が試験完了。試験群間で年齢、体重、性別、前回接種からの時間、0日目の抗体価(対数変換後)に有意差はなかった。
0日目と14日目の抗体価の差は、対照群で20、試験群で65.5(中央値)。ただし、抗体価は個体によって大きく異なるため、この群間差には他の数値から大きく外れた”外れ値”の影響が大きい。
抗体価が少しでも上昇した個体の割合は(変化率 > 0)、対照群で74%、試験群で86%と有意差がなかったが、抗体価に50%以上の上昇が見られた個体の割合は(変化率 ≥ 0.5)は、対照群40%、試験群62%で、ツボに接種した群の方が有意に高かった。
抗体価の変化率(%)は、対照群で83%、試験群で242.3%と、有意差が認められた。
外れ値の影響を抑制するために対数変換後の抗体価で統計解析を実施。
0日目と14日目の差は、平均で対照群0.36 ± 0.67、試験群0.72 ± 0.79で、GV14にワクチンを接種した群が2倍高いという結果が得られた。
獣医師の解説
ワクチンは、病原性が低く症状を起こさないよう改質した病原体または病原体の一部を前もって打っておくことで、免疫系にこれが病原体だということを覚えさせるためのものです。いざ感染が起こると、免疫系がその記憶をもとに直ちに抗体を産生し、病原体を攻撃することができます。
今回の試験の対象となった犬では、以前に同じワクチンを打っていたため、今回の接種後にも2週間という短期で抗体濃度が上昇しました。そして、その上昇幅が大きく、50%以上の大きな上昇を示した犬が多かったのが、大椎というツボにワクチンを接種した群でした。ワクチンの接種部位以外の条件はどちらの群でも同じだったため、ワクチンの接種部位の違いが免疫応答の高さに現れたと結論することができます。
以前にも似たような報告はありましたが、動物種が異なる、犬だけども比較する対照群がない、接種部位が不明といった問題点があり、信頼度の高い研究ではありませんでした。今回の研究は、100頭という十分な統計解析が行える規模で、きちんとコントロールされた条件で実施されています。
大椎は免疫力をあげる経穴として日常診療でもアレルギー、免疫不全などに使われており、ヘルパーT細胞を介して抗体を産生する免疫細胞に作用すると考えられています。
鍼がどうやって免疫系を刺激するのかは完全には解明されていませんが、神経系や局所の微小循環の操作、サイトカインの誘導などを介して内分泌系や免疫系に働くと考えられています。
今回の結果をうまく応用すれば、ワクチンの用量を減らしたり、免疫賦活を目的にワクチンに添加されているアジュバントをなくすことも可能になります。致死率が高い感染症から身を守るためとはいえ、ワクチンもアジュバントも一定の割合での副作用がつきものなので、その可能性を少しでも減らすことは重要です。
今回使われているウイルス性感染症に対する混合ワクチンは、子犬期の初年度接種をきちんと行っていれば、免疫が一生続く確率が高くなっています。3年に1度抗体価を測定して、抗体価が一定のレベルより低くなり、集団生活をする場合や感染が起こる危険性がある場合にのみ再接種が推奨されています。無駄に打たないようにしましょう。
2017年アメリカ動物病院協会による犬のワクチンガイドライン