アメリカ猫獣医師協会(AAFP)とアメリカ動物病院協会(AAHA)による猫のワクチン接種ガイドラインの最新版が発表されましたので、概要をご紹介します。
論文情報
Stone AE, Brummet GO, Carozza EM, Kass PH, Petersen EP, Sykes J, Westman ME. 2020 AAHA/AAFP Feline Vaccination Guidelines. J Feline Med Surg. 2020 Sep;22(9):813-830. doi: 10.1177/1098612X20941784. PMID: 32845224.
AAFP | アメリカ猫獣医師協会 |
AAHA | アメリカ動物病院協会 |
FCV | 猫カリシウイルス |
FeLV | 猫白血病ウイルス |
FHV-1 | 猫ヘルペスウイルス1型(猫ウイルス性鼻気管炎) |
FIP | 猫伝染性腹膜炎。猫コロナウイルス(FCoV)に起因。 |
FIV | 猫免疫不全ウイルス(猫エイズ) |
FPV | 猫パルボウイルス(猫汎白血球減少症) |
アジュバント | ワクチンの効果や送達を助けるために加えられる成分。主に不活化ワクチンに必要。 |
組換えワクチン | 遺伝子組み換え技術によって病原体の一部を人工的に合成して作ったワクチン。 |
弱毒生ワクチン | 生きた病原体をそのまま使ったワクチン。病気を起こさないよう弱毒化されている。接種後、動物の体内で増殖するため、アジュバントが不必要で、より自然に近い形で免疫化できる。不活化ワクチンより高い効果が早く現れ、初年度も1回の接種でよいことが多い。増殖したワクチン病原体は体外に排泄され、同居猫も免疫化されることがあるが、免疫不全状態の猫に病気を引き起こすことがある。感染病検査で偽陽性を出すことがある。 |
不活化ワクチン | 病原体を殺して無害化したワクチン。接種後、体内で増幅しない、病原性が復帰しないという点では生ワクチンより安全だが、免疫系を刺激する力が弱いためアジュバントが必須。そのほか、防腐剤や安定剤など製造の過程で加えられるさまざまな添加物がワクチン副作用の原因ではないかと疑われている。初年度は3〜4週あけて2回の接種が必要(狂犬病ワクチンを除く)。その後は、年1回の追加接種が必要になることが多い。 |
ワクチンの有効性 | ワクチン接種後、病原体を感染させて病気や症状を起こさなかった動物の割合と、ワクチンを接種せずに病原体に感染させて病気や症状を起こした動物の割合を比べて決定。 |
約7年ぶりの改訂・・・変更点は?
2013年版から7年ぶりの更新です。前回に引き続いて、全頭一律で同じようにワクチンを打つのではなく、一頭一頭のリスクとベネフィットを考えて個別に計画を立て、ライフスタイルの変化に合わせて変更していこうというメッセージが繰り返されているのが印象的です。最新版の主な変更点は次のとおり。
- コアの三種混合ワクチンの1歳時の追加接種を6ヶ月齢に変更。16〜18週齢(3〜4ヶ月齢)の子猫期最終接種時に、1/3の子猫でまだ母猫の移行抗体が残っており、ワクチン免疫が阻害されるというエビデンスが得られたため。世界小動物獣医師会のガイドラインと歩調を合わせた形になっています。
- 前回、「ノンコア」に入っていた猫免疫不全ウイルス(FIV)ワクチンの記載を削除。2017年以降、米国では販売中止となったためです。
- 狂犬病ワクチンを「ノンコア」から「コア」に。基本的に地方自治体の規則に従うという点は変更なし。
- AAHAが参加。前回のガイドラインはAAFPが独自に作成。
コアとノンコアワクチン
感染率や致死率が高く、広く蔓延しているため、全頭への接種が推奨されるワクチンです。
- 猫ヘルペスウイルス1型(FHV-1)(猫ウイルス性鼻気管炎)
- 猫カリシウイルス(FCV)
- 猫パルボウイルス(FPV)(猫汎白血球減少症)
- 猫白血病ウイルス(FeLV):1歳未満の猫のみ
- 狂犬病ウイルス
最初の3つはいわゆる「三種混合ワクチン」で、日本でもよく使われるワクチンです。FeLVは感染しやすい1歳未満の子猫のみ必須で、感染リスクの低い成猫ではノンコアに分類されています。狂犬病ワクチンは日本ではノンコア扱いです。
居住地域、飼育状態など、一頭一頭の条件を考えて接種する必要があるかどうか決めるワクチンです。
- 猫白血病ウイルス(FeLV):1歳以上の猫
- ボルデテラ・ブロンキセプチカ
- 猫クラミジア
ワクチン接種可能な年齢(16週齢)になる前に感染することが多いため、ワクチン接種は意味がないと考えられています。
- 猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPウイルス)
コアワクチンの接種スケジュール
一般家庭で飼育されている場合と保護施設などの集団生活が想定される場合の2通りのプログラムが提示されています。
- 子猫(16週齢未満):6週齢以降、16〜20週齢まで3〜4週おきに接種
- 子猫・成猫(初回接種時に16週齢以上):弱毒生ワクチンの場合は1〜2回接種。不活化ワクチンの場合は3〜4週間あけて2回接種。経鼻弱毒生ワクチンの場合は1回接種。
- 追加接種:6ヶ月齢で再接種。その後は3年おき。ペットホテル宿泊等、他の猫との接触やストレスが増大する状況では、7〜10日前に再接種してもよい。経鼻弱毒生ワクチンの場合は、年1回追加接種を行う。
- 妊娠中の猫・免疫不全猫(FeLV・FIV感染猫)には弱毒生より不活化ワクチンが推奨される。
- 子猫(16週齢未満):4〜6週齢以降、16〜20週齢まで3〜4週おきに接種
- 子猫・成猫(初回接種時に16週齢以上):1回接種。
- 追加接種:年1回。
- 子猫(16週齢未満):8週齢以降、3〜4週あけて2回接種
- 子猫・成猫(初回接種時に16週齢以上):3〜4週間あけて2回接種
- 追加接種:1年後に再接種。3種混合の追加接種と半年ずれることに注意。その後は、感染リスクの高い猫に定期的に接種を行う。製品によっては2〜3年おきの接種で十分な場合もある。
- 法律および添付文書の指示に従う。
- 子猫(4週齢〜20週齢未満):受け入れの1週間前または受け入れ時に1回接種。その後は16〜20週齢まで2週おきに接種。
- 子猫・成猫(初回接種時に20週齢以上):受け入れの1週間前または受け入れ時に1回接種。2週間後に再接種。
- 弱毒生ワクチンが最適。不活化ワクチン・経鼻弱毒生ワクチンは推奨されない。
- 子猫(4〜20週齢未満):受け入れの1週間前または受け入れ時に1回接種
- 子猫・成猫(初回接種時に20週齢以上):受け入れの1週間前または受け入れ時に1回接種
- 子猫(20週齢未満):8週齢以降、3〜4週あけて2回接種
- 子猫・成猫(初回接種時に20週齢以上):3〜4週間あけて2回接種
- 法律および添付文書の指示に従う。
ワクチンの副作用
- 猫50万頭・125万回分のワクチンを対象にした米国の調査では、ワクチン投与後1ヶ月以内の有害反応発生率は0.52%で、そのほとんどは3日以内に発現。もっともよく報告された副作用は元気消失、食欲不振、発熱、注射部位の疼痛・炎症。
- 接種直後に現れることが多いアナフィラキシー(嘔吐、下痢、呼吸障害、顔面浮腫、皮膚のかゆみ・じんましん、虚脱として現れる急性過敏性反応)は0.01〜0.05%の割合で発生。
接種後1週間はストレスや興奮、シャンプーを避け、安静に過ごすことが大切。注意深く見守り、異変に気付いたらすぐ病院に相談しましょう。
注射部位肉腫について
猫の注射部位肉腫は、主に不活化ワクチンを投与した部位に数週間から数年の経過後に発生し、発生率は低いながらも(0.01%未満から0.36%)非常に悪性度が高い腫瘍です。浸潤性も高いため、手術で切除する際は、周囲の組織も広く除去しなければなりません。本ガイドラインでは、引き続き、前足の肘より下、または後足の膝より下にワクチンを接種することが推奨されています。万が一肉腫が発生しても、断脚することで命を助けることができるためです。
- 推奨される接種部位:四肢の遠位部(肘・膝より下)と尾の遠位部(先端の方)
- 推奨されない接種部位:肩甲骨の間、腹部皮下、大腿部など
注射部位肉腫は不活化ワクチンの効果を高めるために添加されているアジュバントが原因であるという説があります。しかし、この10年間に発表された新しい研究でも一貫した結果は得られず、結論にはいたっていません。例えば、カナダの研究では、アジュバントなしの狂犬病ワクチンを導入した2000年以降も注射部位肉腫の発生が減ることはなく、逆にスイスでは、アジュバントなしのFeLVワクチンが導入されてから、注射部位肉腫の発生が顕著に低下したことが報告されています。
ワクチンを接種した部位に次のような腫瘤物(しこり)が確認されたらバイオプシー(生検)による病理検査を行うことが推奨されています。
- 接種後3ヶ月以上経過してもなくならず
- 直径2cmより大きい
- または 接種後1ヶ月目でもどんどん大きくなっている
飼い主さんも、ワクチンを打った場所を教えてもらって観察するようにしましょう。
うちの子にワクチンは必要?
ワクチンの必要性は、猫の年齢、健康状態、免疫状態、感染歴、飼育状況(室内飼育、屋外飼育、飼育頭数、ペットホテル宿泊予定など)、住んでいる地域の感染状況、ワクチンによる副作用歴の有無などによって異なってきます。かかりつけの獣医師に一頭一頭の条件を考えて判断してもらうのがベスト。健康診断の際によく話し合いましょう。
- 健康で若く、多頭飼育されており、外に遊びに行く
- ペットホテルや病院の診察など、他の猫と接触又は空間を共有する機会がある
- 飼い主が外で他の猫と接触する機会があり、病原体を持ち帰る可能性がある
- 保護施設、ブリーダー、一時里親など、不特定多数の猫が出入りする環境で飼育されている
- 高齢猫または病気の猫で、新しい同居猫を迎える予定がなく、外にも出ない
- 抗体検査で感染歴および免疫状態が確認できた猫。ただし、抗体陽性でも十分に感染を防御できるとは限らず、その逆もあるので注意が必要。現在確実に免疫状態を確認できるのはFPVのみ。そのため、犬の場合とは異なり、猫ではワクチン接種の代わりに抗体検査を行うことは推奨されていません。