甲状腺は、首の前面に位置し、気管に付着する小さな内分泌器官です。ヨウ素を取り込んで甲状腺ホルモンのチロキシン(T4)とトリヨードサイロニン(T3)を合成するのが主な役割。これらのホルモンは体中ほぼすべての組織に作用し、体温の維持、エネルギー代謝、免疫機能、皮膚や被毛のターンオーバー、タンパク質・コレステロール合成、心臓の拍動など非常にたくさんの生体機能に関わっています。
甲状腺ホルモンが十分に作られなくなる甲状腺機能低下症は、わんちゃんに多い病気です。特に成犬早期〜高齢期に発症しやすく、代謝機能や免疫機能の低下によりさまざまな症状が現れます。
猫ちゃんでは、甲状腺機能低下症は非常に少なく、認められたとしても多くは甲状腺機能亢進症の治療の副作用です。
- 最近、何となく元気がない・疲れやすくなった
- 寒がりになった・手足や耳の先が冷たくなった
- 周囲の物や音への反応が鈍くなった・耳が遠くなった
- 食欲や食事量は変わらないのに体重が増えた
- 皮膚・被毛にツヤがなくなった・毛が薄くなった
- 傷が治りにくい・皮膚の感染症を繰り返している
初期症状はゆっくりと時間をかけて現れます。ちょっと早いけど老化かな?と勘違いしやすいので気をつけて。
うちの子の甲状腺は大丈夫?
犬は甲状腺機能低下症、猫は甲状腺機能亢進症にかかりやすくなっています。年1〜2回の健康診断の際には、最低でも「総サイロキシン(T4)」という血液検査項目を含めてもらいましょう。異常があればさらに精密検査を行います。
- 総T4値が正常範囲から外れた
- 総T4値が年々上昇または低下してきた
- 甲状腺の病気が疑われる症状がある
血液中の「遊離サイロキシン(FT4)」「甲状腺刺激ホルモン(TSH)」「サイログロブリン自己抗体(TgAA)」「トリヨードサイロニン(T3)」の濃度を調べたり、超音波検査を行うことで甲状腺の状態をより詳しく知ることができます。
T4・FT4・TSH値は、医薬品の影響を受けます。服薬状況を把握しているかかりつけの病院で検査してもらうと安心ですね。
甲状腺機能低下症の原因
自分の免疫系が自分自身の甲状腺を破壊してしまう炎症性・進行性の疾患です。成犬期の犬の甲状腺機能低下症の50%近くを占めるといわれています。副腎や膵臓など、他の内分泌器官も破壊されてしまう複合的な疾患として現れることもあります。
どの犬種でも起こりますが、特にイングリッシュ・セッター、ゴールデン・レトリバー、コッカー・スパニエル、ボクサー、ローデシアン・リッジバックでよく診断されます。猫でもときおり認められます。
サイログロブリン自己抗体(TgAA)、T4自己抗体(T4AA)、T3自己抗体(T3AA)などの血液検査やバイオプシーで診断を行います。T4値の低下よりも自己抗体の陽転が先に見られることがあるため、好発犬種では自己抗体検査も定期検診に含めるといいでしょう。臨床症状が現れる前に甲状腺ホルモン薬の治療を開始すると、甲状腺破壊の進行を遅めることができます。
成犬期の甲状腺機能低下症の残りの50%では、自己抗体(TgAA)陰性で、炎症像を示さずに甲状腺組織が小さくなっていき、脂肪や結合組織で置換されていきます。原因が特定できないことが多く「特発性」と呼ばれることもよくあります。自己免疫性タイプも、最終的には甲状腺組織を破壊しすぎて何も残っていない状態になるため、この病態に行き着きます。
高齢期には、甲状腺を含めてさまざまな臓器の働きが徐々に低下していきます。萎縮タイプの一つともいえます。
甲状腺の発達障害、胎児期や子犬・子猫期のヨウ素摂取量の不足または過剰、遺伝など、さまざまな原因で起こります。成犬・成猫になる前から症状が認められることが多く、重度の場合は成長することができず、生後すぐに亡くなります。
プレドニゾロン、三環系抗うつ剤(クロミプラミン)、抗てんかん薬(フェノバルビタール、臭化カリウム)、NSAID(カルプロフェン、デラコキシブ、アスピリン)、サルファ剤など、さまざまな種類の医薬品も甲状腺機能を低下させることが知られています。これらの薬剤を長期投与する際には必ず定期的に血液検査を行うようにしましょう。
甲状腺腫瘍のため甲状腺を切除した場合にも機能低下が起こります。
甲状腺機能の調節を行なっている脳下垂体や視床下部に異常が生じると、甲状腺が機能しなくなります。非常にまれで、発生率は全体の5%未満といわれています。
副腎皮質機能亢進や糖尿病などの内分泌系疾患や肝臓病などの全身性の疾患がある場合も、二次的に甲状腺の機能が低下することがあります。病気と闘っている間、無駄な細胞活動を抑制することでさらなるダメージ防ぐ役割があります。
基礎疾患の治療を行うと甲状腺の機能も自然と回復するため、鑑別診断をきちんと行うことが重要です。
ヨウ素の給与量が少なすぎても多すぎても甲状腺ホルモンの合成阻害が起きます。また、人では甲状腺機能を阻害するゴイトロゲンが豊富な食物を主食にすることで、甲状腺機能が低下することが報告されていますが、ゴイトロゲンは植物性食品に含まれているため、動物性食品を主食とする犬猫で実際問題になることは非常にまれです。加熱や必要量のヨウ素の給与によってゴイトロゲンの作用を抑制することができますが、大豆や豆を主原料にしているペットフードには気をつけましょう。
甲状腺機能低下症の治療
一般的には甲状腺ホルモン薬が使われます。血液検査を定期的に行いながら用量を調節していけば副作用は少なく、良好な状態を長く維持することができます。
他の内分泌系疾患や全身性疾患が併発している場合は、併発症の治療を試みることが大切です。併発症がコントロールできれば、甲状腺の機能が元に戻ることがよくあるためです。
甲状腺ホルモンやその類似物質を含む生薬は存在しません。ハーブや漢方薬は、残っている甲状腺組織の働きを高めたり、基礎疾患の治療を行うことで体のアンバランスを整え、症状を緩和するのに使われます。病気の原因を理解して上手に使えば十分な効果が得られ、甲状腺ホルモン薬の量を減らすことも可能です。
T4値が低下した状態があまり長く続くと、神経細胞の変性などの不可逆的な変化を生じかねません。甲状腺の機能低下がすでに進行している場合は、まずは甲状腺ホルモン薬でT4値を正常化しながら、ハーブや漢方薬で症状を緩和していきましょう。
甲状腺機能低下症のハーブ療法食事療法も大切な役割を果たします。甲状腺ホルモン薬の吸収率は食事内容の影響を受けるので、投薬と食事のタイミングや食事内容を一定に保つことも大切です。
甲状腺機能低下症の食事療法・サプリメント 甲状腺機能低下症のモニタリング本ガイドに掲載している情報は、臨床経験と以下の文献に基づいて書かれています。
- Ettinger SJ, Feldeman E, Côté, E. Textbook of Veterinary Internal Medicine: Diseases of the Dog and Cat. 8th Ed. (2017) Elsevier, St. Louis.
- Case LP, Daristotole L, Hayek MG, Raasch MF. Canine and Feline Nutrition: A Resource for Companion Animal Professionals. 3rd Ed. (2011) Mosby, Maryland Heights.
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- Wynn & Marsden. Manual of Natural Veterinary Medicine. Science and Tradition. Mosby 2002.