植物からは甲状腺ホルモン(T3・T4)や甲状腺ホルモンと同じ働きをする成分は見つかっていません。
甲状腺機能低下症におけるハーブ・漢方療法の目的は「残っている甲状腺の機能をサポートする」「基礎疾患がある場合は基礎疾患を治療する」「全身のアンバランスを整える」こと。これらのアプローチによって、症状を緩和し、体を楽にします。
そのため、診断時に病気がすでに進行している場合は、まずは甲状腺ホルモン薬でT4値を正常化させることがおすすめです。T4値が低い状態が続くと、不可逆的な障害が起こることがあるためです。状態が安定したらハーブや漢方薬に切り替えていきましょう。
健康診断で早期発見できた場合は、ハーブや漢方薬だけで維持していくことも可能です。
- 甲状腺組織は残ってる?(自力で甲状腺ホルモンを作ることはできる?)
- 自己免疫性疾患かな?
- 医原性?基礎疾患はない?
ハーブを選ぶ際には病気の原因を考慮することも重要なポイントです。例えば、萎縮型や加齢性など、甲状腺の組織がある程度残っていると考えられる場合は、甲状腺ホルモンの材料のヨウ素をきちんと与え、甲状腺をサポートするハーブを使えば、T4値を高めることができます。甲状腺ホルモン薬を減量していくこともできます。
でも病気が進行して甲状腺組織がほとんど残っていない場合は、いくらヨウ素とハーブを与えても、もうホルモンを作ることはできません。甲状腺ホルモン薬を投与しながら、ハーブで症状を緩和して体を楽にしてあげることが目的になります。
自己免疫型の場合は、これ以上甲状腺が破壊されないよう免疫系のバランスを整えるのが最優先です。
他の全身性疾患または薬物の副作用により甲状腺機能が二次的に低下している場合は、原因疾患の治療または服薬の調節が第一。原因を取り除けば、甲状腺の機能も自然と回復します。
かかりつけの先生としっかり話し合って自分の愛犬や愛猫がどんな状態なのか把握し、上手にハーブを活用しましょう。
1. 必須栄養素の再確認
手作り食を与えている場合は、まずは甲状腺ホルモンを作るのに必要なヨウ素がきちんと足りているかチェックしましょう。食品中のヨウ素の量は、季節や産地、製造会社よって変動するため、最小量の2〜3倍を与えると確実です。ヨウ素の量が一定しているサプリメントやブラダーラックという海藻エキスに切り替えるのもおすすめです。
ペットフードの場合は、不足よりも過剰給与が原因で甲状腺の機能が抑制されることが多くなっています。ペットフードの見直しを行いましょう。
栄養代謝、脳神経や筋肉の機能に大切なビタミンB群が不足していないか確認しましょう。甲状腺の機能低下が進んだり、長く続くと神経細胞の代謝が鈍り、不要物の蓄積や脱ミエリン化などにより、顔面神経の麻痺、前庭障害、四肢の機能の低下といったさまざまな神経症状・筋障害が現れやすくなります。
ビタミンB群2. 甲状腺をサポートするハーブ
Withania somnifera
甲状腺機能低下症と診断されたら、まずはこちらのハーブを試してみましょう。このハーブを投与してT4値が上がったら、自力でホルモンを作る力がまだ残っているということです。
効果は甲状腺だけにとどまりません。倦怠感を緩和し、体を温める、体力増強、免疫力アップ、抗ストレス作用、認知機能の強化など、弱った全身の機能を整える作用があり、甲状腺機能低下症で気になる諸症状に全方向からアプローチ。虚弱体質、病気からの回復期、高齢期の弱りなど、さまざまな場面で使用されるアダプトジェンハーブです。
- 乾燥ハーブ:体重1 kg あたり1日 50〜125 mgを2〜3回に分けて与える。
- エキス・チンキ剤:体重1 kg あたり1日50〜125 mgを2〜3回に分けて与える(2 g/mL濃度の製品の場合、体重5 kgあたり1日0.1〜0.3 mLに相当)。
T4値を正常範囲内高めで維持できるのが理想的な投与量です。初期や軽度の場合、加齢に伴う機能低下の場合は、このハーブだけで長期間維持することができます。消化器系、皮膚などの症状に合わせて他のハーブや漢方薬と併用することも可能です。
File 8:9歳のブル系ミックス・カイくん(抜歯手術後の胃腸障害・肝炎・膿皮症・尿失禁など)Bacopa monnieri
特に認知機能の低下や不安症、不眠症が気になり、寒がりの症状がない場合によく使われます。T4値を上げる作用は弱いため、甲状腺ホルモン薬との併用が理想的。通常は、他の症状や体質に合わせて複数のハーブと併用します。
- 乾燥ハーブ:体重1 kg あたり1日 50〜300 mgを2〜3回に分けて与える。
- バコシドA・Bを20%以上含むよう標準化した製剤:体重1 kg あたり1日3-10 mgを2〜3回に分けて与える。
- エキス・チンキ剤:体重1 kg あたり1日35〜90 mgを2〜3回に分けて与える(500 mg/mL濃度の製品の場合、体重5 kgあたり1日0.35〜0.9 mLに相当)。
3. 漢方薬
疲れやすい、寒がり、朝起きれない、皮膚や被毛が乾燥気味、水分代謝の低下(むくみやすい)、徐脈といった典型的な甲状腺機能低下症の症状を示している場合に向いています。
体を温め、内分泌系(ホルモン系)と神経系を司る「腎」の機能をサポートしてくれる漢方薬です。
- 体重1 kg あたり 65〜75 mgを1日2回。
他の全身性疾患があるために、甲状腺機能を抑制することで細胞の無駄な代謝活動を抑え、さらなるダメージを防止しようという代償機転が働いている場合に向いています。T4値とTSH値の両方が低くなっていることがよくあります。基礎疾患のために典型的な甲状腺機能低下症の症状が見えにくくなっているかもしれません。
脈が弱く、舌は薄いピンク色から紫色で唾液でよく濡れている子に向いています。胃腸の弱りが気になり、食欲にムラがある、便に粘液状のものが付着している、時々吐く、お腹がゴロゴロなるといった症状が見られることがよくあります。当帰芍薬散は、消化を助け、血行を促進することで、代謝が鈍って蓄積した不要物を取り去ってくれる漢方薬です。
- 体重1 kg あたり 65〜75 mgを1日2回。
4. 避けましょう
- シロネ属ハーブ(Bugleweed・Lycopus europeus):甲状腺機能を抑える作用があります。
- ヨウ素の与えすぎ:甲状腺の機能に必要だからといって与えすぎは禁物です。上限値を知っておきましょう。
- ワクチン:自己免疫性の甲状腺疾患の場合は、免疫系を刺激するワクチンの接種を控えましょう。
- ゴイトロゲン:甲状腺の機能を妨害または促進する食品中の成分。特定の食品ばかりを多量に与えない限りは心配する必要はありません。詳しくは食事療法ページをご覧ください。
- グルテン・レクチン:自己免疫性の甲状腺疾患の場合は避けましょう。腸管免疫系を刺激して免疫系のバランスを崩したり、体の組織に結合して自己免疫様の反応を起こすことが知られています。
脂質・肝臓の数値が上がってきたら
甲状腺ホルモンは、脂質の合成・分配・分解も調節しています。甲状腺機能低下症では、特に分解が滞りやすく、コレステロール値やトリグリセリド値が高くなることがあります。また、肝臓に脂肪が蓄積しやすくなるため、肝酵素値が軽度上昇することがあります。特にALPやGGTが上がりやすいのですが、ALTが上昇することもあります。
肝酵素の上昇は軽度です。大幅な上昇がみられる場合は他の病気が併発している可能性があるのでしっかり検査してもらいましょう。
高脂血症と肝酵素の上昇には、柴胡系の漢方薬や当帰芍薬散がおすすめです。
高脂血症が長く続くと、血管を裏打ちしている内皮細胞が障害され、細胞代謝の低下とあいまってメタボリックシンドロームと類似した全身性の炎症を起こすことがあります。副腎皮質機能亢進症、糖尿病などが併発することもあります。その場合は、血管内皮障害と全身炎症を緩和する漢方薬やハーブがおすすめです。
自己免疫性の甲状腺機能低下症
成犬の甲状腺機能低下症の約半数は自身の免疫系が甲状腺を破壊してしまう自己免疫性の疾患といわれています。甲状腺だけでなく、膵臓や副腎なども破壊され、複数の内分泌系疾患を起こすこともあります。
自己免疫性疾患は、遺伝、体質、環境、食事、ストレス、感染症、ワクチンの過剰接種など、さまざまな要因が複合的に働いて生じます。自然療法では、もともとの体質(遺伝)や体に合わない食事、環境汚染、ストレスなどで体が弱っているところに、感染症やワクチン、医薬品といった何らかの引き金が合わさって生じると考えます。甲状腺ホルモン薬を投与しながら、引き金の除去と症状の緩和、過去の病歴や傾向から弱点を見極めて体をサポートしていくことが目標になります。
抗炎症、腸管粘膜の保護、解毒、補腎、補肝、アダプトジェン作用のある複数のハーブを組み合わせます。漢方薬では、当帰飲子、龍胆瀉肝湯、四妙散、小柴胡湯、清営湯などがあります。症状や病気の進行度によって適切なものを選びます。
オウゴン、高麗人参など免疫系を刺激するハーブについては、高用量単剤での使用は避けましょう。
免疫系のバランスを崩すような食事、飼育環境中の化学物質、ワクチン、医薬品についても見直す必要があります。
自己免疫性疾患の自然療法では全方向からのアプローチが成功の鍵。全体を見渡すことができる専門の獣医師に必ず相談しましょう。