獣医師による手作り食・自然療法ガイド

甲状腺機能低下症のモニタリング

甲状腺機能低下症では、目に見える症状から目に見えない分子レベルまで、体中いたるところが影響を受けます。病気の進行具合と治療の効果を知るには、自宅と病院でのモニタリングが欠かせません。

毎日の観察で異変に気づいたら、どんなに小さなことでもかかりつけの病院に相談しましょう。薬の量を調節する必要があるかもしれません。定期的に血液検査を行うと、目に見える症状が現れる前に対策を行うことができます。

体重

代謝機能が低下するため、食欲や食事量が変わらなくても体重が増えることがあります。治療の効果が現れると体重も2〜3ヶ月で自然ともとに戻ります。

一般状態

元気・活力などの一般状態は、T4値の影響が一番現れやすいところです。

T4値が低いと・・・

  • 寒がり、震え、手足が冷たい
  • 元気がない、疲れやすい
  • 周囲への反応が鈍い
  • 眠ってばかりいる

T4値が高くなりすぎると・・・

  • 暑がり、パンティング
  • 水をよく飲む
  • 不安症または攻撃的
  • 落ち着いて眠れない
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犬では甲状腺ホルモン薬の吸収率が低いため、過剰投与による副作用は起こりにくくなっています。他の原因も考慮に入れ、血液検査で確認しながら投与量を調節してもらいましょう。

皮膚・被毛の状態

皮膚や被毛が乾燥しやすくなり、免疫力や皮膚バリア機能の低下から感染症を起こしたり、ちょっとした傷も治りにくくなります。被毛の新陳代謝が低下するため、新しい毛が生えなくなり、毛が薄くなったりハゲてしまうこともよくあります。

消化器症状

腸の蠕動運動が低下して便秘がちになることが多いのですが、逆に軟便や下痢を起こすこともあります。悪玉菌が増殖しやすくなるためです。

神経症状

上記の症状に比べるとまれですが、中枢神経(脳脊髄)と末梢神経(運動神経・感覚神経)も影響を受けます。神経細胞の代謝低下や脱ミエリン化、高脂血症に起因すると考えられています。うまく飲み込めない、顔面麻痺、おねしょ、手足の動きが硬い、体のバランスがうまく取れない、耳が遠くなるなど、さまざまな形で現れます。神経症状は治療効果が現れるまで一番時間がかかります。

最低限必要な血液検査項目
  • 総T4:治療効果の判定や甲状腺ホルモン薬の用量を決めるのに必要です。正常範囲内やや高めで安定するのが理想的。食事や投薬後の時間によっても数値が大きく変わるので、毎回同じタイミングで測定するようにしましょう。必要に応じてFT4・T3・TSH・自己抗体検査を加えます。
MEMO
理想的なタイミングは甲状腺ホルモン薬投与後4〜6時間目。
  • サイログロブリン/T4/T3自己抗体:自己免疫性の甲状腺機能低下症の診断とモニタリングに必要です。好発犬種では、通常の健康診断にも含めましょう。
  • 全血球計算RBCWBC・PLTなど):甲状腺ホルモンは骨髄における造血や免疫細胞の誘導にも関わっており、貧血が起こりやすくなります。
  • グルコース(血糖値)・ALP:甲状腺機能低下症ではインスリン抵抗性を起こしやすく、糖尿病、副腎皮質機能亢進症など、他の内分泌系の疾患も併発しがち。これらの数値に異常が現れたら詳しい内分泌検査を行いましょう。
  • 脂質(コレステロール・TG):脂質代謝の変化により、高脂血症や脂肪肝を起こしやすくなっています。高脂血症が続くと神経系が影響を受け、脂肪肝になると肝臓の炎症が起こります。
  • 肝酵素(ALT・AST・ALP・GGT)・肝胆機能(アルブミン・コレステロール・ビリルビン・胆汁酸など)・CK・LDH:肝臓、胆道系、筋肉への影響をモニタリングします。
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普通の健康診断と同じ一般検査項目すべてを含めると安心ですね。

そのほかの症状
  • 短気・攻撃的になる:T4値が低下すると、通常はおとなしくなりますが、中には逆に攻撃的になったり、イライラと落ち着かなくなる子がいます。現代医学では神経伝達物質の代謝に変化が現れるためと考えられていますが、漢方医学的な診断が非常に役立つ場面です。三焦の阻滞、湿熱、心火がよくある診断。漢方医に適切な漢方薬を処方してもらいましょう。
  • ドライアイ:涙液の分泌が低下するため、目が乾燥し、進行して角膜潰瘍を起こすことがあります。高脂血症が続くと、角膜に脂質が蓄積することがあります。
  • 生理周期の異常または停止:生殖機能も低下します。
  • 粘液水腫:ヒアルロン酸やグリコサミノグリカンなどが皮膚に蓄積し、皮膚が厚ぼったくなった状態。額やまぶた、唇が重みで垂れ下がり、悲しそうな表情になります。昔はよくみられましたが、最近は早期発見されることが多く、あまり見かけられなくなりました。
  • 粘液水腫性昏睡:代謝機能が極端に低下し、低体温症、低血糖、脱水等を起こし、意識を失った状態。手術、薬物治療、感染症、心不全などの何らかの引き金によって起こります。非常にまれですが、救急治療を行わないと生命に関わる重篤な病態です。T4製剤の静脈投与が必要。