猫の膵炎はなんとなく食欲が落ちてきた、元気がない、よく吐くようになったといった、どの病気にも共通してみられる漠然とした症状で始まることが多く、症状からは急性と慢性の区別がつかないことがほとんどです。かなりの腹痛も感じているはずですが、猫ちゃんは隠すのがうまく、家庭でも病院でもあまり気づかれることがありません。
長年キャットフードを与えており、肥満歴や2型糖尿病歴がある猫に起こりやすくなっています。診断された時には膵炎・胆管肝炎・胃腸炎が併発して慢性化した三重炎を起こしていることもよくあり、病歴を遡るとそれよりも先に尿道系や皮膚、結膜などの上皮系組織の炎症の既往がよく見つかります。
これらの疾患は一見何の関係もなさそうに見えるため、現代獣医療ではそれぞれ別の病気として診断・治療を行いがちです。でも実はインスリン抵抗性と血管内皮障害(メタボリックシンドローム)という共通点があります。そのため、別々に治療を行うよりも根底にある障害を取り除く対策を行うのが効果的です。
猫の膵炎は、感染症、中毒、外傷によっても起こることがあります。
原因についてかかりつけの獣医師とよく話し合い、今後の予防対策に役立てましょう。
病院でできること
点滴
嘔吐や下痢、栄養不良状態によって体にさまざまな異常をきたしています。まずは状態の安定化が最優先。点滴で血液量を維持し、電解質バランスや膠質浸透圧の異常を修正することは、膵臓だけでなく他の臓器の機能の維持にも重要です。
疼痛管理
膵炎は腹痛を伴う病気です。複数の鎮痛薬が必要になることもあります。
栄養補給
胃腸を経由した栄養補給は、膵炎の治療にも肝リピドーシスの予防にも重要な役割を果たしています。膵臓の機能を抑えるためには絶食した方がいいように感じるかもしれませんが、実際には絶食することによって内臓の血流量が低下し、腸粘膜の萎縮や筋肉分解が起こり、回復が遅れます。
食欲廃絶状態が続く場合は、食道や胃にチューブを設置する必要があるかもしれません。
与える栄養剤や食事は、脂肪15〜25%未満のものを選びます。肥満気味の場合は、脂質量をできるだけ少なくします。炭水化物量も低いものがベスト。手作り食を与えていて、入院中もきちんとした食事を与えたい方は、食事療法のページを参考にしながら、流動食を作ってあげましょう。三重炎を起こしている場合は、今までに与えたことのない食材を選ぶと回復が早くなることがあります。
膵炎の食事療法嘔吐抑制剤
栄養補給をなるべく早く開始するため、嘔吐が激しい場合は制吐剤の投与も必要になります。
漢方療法・ハーブ
漢方薬は、膵臓における酸化的損傷と炎症のサイクルの抑制、血流の調節、根底にある血管内皮細胞の機能障害の緩和、インスリン感受性の改善など、複数の作用点に働くことで相乗的な力を発揮します。食事療法も併用してメタボ状態を完全に防げば、いずれは漢方薬もハーブもなしで症状をコントロールできるようになります。
三仁湯(さんにんとう)
猫ちゃんの膵炎で一番活躍する機会が多い漢方薬です。
炎症抑制作用はやや低めですが、インスリン抵抗性と内皮細胞の機能を正常化する作用が高いため、膵炎だけでなく、肥満や2型糖尿病などの代謝性疾患の病歴がある場合にも向いています。穀類や芋類が多いキャットフードを長年食べており、猫喘息、耳や皮膚、結膜、呼吸器、腸、肝胆系、尿路などの上皮系の炎症を起こしやすい猫に最適です。急性期でも慢性期でも継続して使用することができます。どちらかというと暑がりで、舌は赤色〜紫色で腫れぼったく、唾液でよく濡れていることが多いです。
四妙散(しみょうさん)
三仁湯よりも抗炎症効果が高いため、急性期や再燃時、特に暑がる傾向が強い場合に向いています。抗炎症作用の高い黄柏、炎症性サイトカインの生成を抑制する蒼朮、インスリン感受性を正常化する薏苡仁を含有。脂肪腫や脂漏性皮膚炎、膿皮症、マラセチア性外耳炎、膀胱炎、関節炎などの炎症性疾患をたびたび起こしていた猫に向いています。もともと暑がりで、舌は赤みが強くて腫れぼったいことが多いです。
一貫煎(いっかんせん)
猫で多い慢性化した三重炎におすすめの漢方薬です。当帰と地黄が内皮細胞に作用し、微小循環を回復して慢性炎症を沈静化。腸管粘膜を保護し、腸のけいれんを抑えます。三重炎の経過が長く、皮膚や被毛の乾燥、体重が増えない、貧血気味といった症状を示すようになった猫に向いています。血流を促進するため、うっ血状態を起こしている急性期や再燃時には使えません。舌や粘膜の色は薄いピンクや青白くなっていることが多いです。
胃苓湯(いれいとう)
インスリン抵抗性を緩和する効果が高い漢方薬。寒がりで体力がなく、もともと太りやすくメタボを起こしやすい猫、糖尿病などの代謝性疾患を併発している猫に向いています。嘔吐物や便に粘液状のものが混ざっている、食欲不振、浮腫、軟便などが認められ、胃腸がもともと弱く以前に食糞や草を食べる行動が見られたことがあるかもしれません。腎臓病や肝リピドーシスを併発している場合にも使われます。
食欲をサポート
膵臓や全身に波及した炎症が鎮まるとともに食欲は自然に回復してきますが、すでに膵炎の経過が長く、食欲不振や体力の消耗、体重の著しい低下が気になる場合は漢方薬の力を借りましょう。
六君子湯(りっくんしとう)
全体的に元気食欲がなく、貧血、筋肉の消耗、嘔吐、軟便、足腰に力が入らないなどの症状がみられる場合に。胃腸の働きを強め、食欲を回復します。舌は薄く、蒼白。唾液や痰が多く、浮腫などの症状がみられることも。他の漢方薬と併用可能。
人参栄養湯(にんじんえいようとう)
元気食欲がなく痩せてきて、軟便、不眠、よく夢をみるといった症状が続く場合はこちらを。嘔吐はそれほど気にならず、貧血(粘膜蒼白)や疲れ、冷えが目立つかもしれません。ステロイドなどの免疫抑制剤の長期使用による消耗にも。他の漢方薬と併用可能。
- 体重 1 kg あたり添加物を含まない有効成分量 60〜75 mgを1日2回に分けて与える。2〜3倍量まで増やすことができる。
- 注腸投与:上記の量の2〜3倍量を5〜15 mLのぬるま湯に溶かし、カテーテルを横行結腸まで挿入してゆっくり注入する。アルコールを含む液剤タイプは使用しないこと。