急性期〜亜急性期
急性期の膵臓では大きな炎症が起こっています。漢方薬は、酸化的損傷と炎症のサイクルの抑制、血流の調節、根底にある血管内皮細胞の機能障害の緩和、インスリン感受性の改善など、複数の作用点に働くことで相乗的な力を発揮します。
入院治療中から投与することが可能です。栄養補給を行う前は肛門から注腸投与し、栄養補給を開始したら栄養剤に混ぜて与えましょう。
四妙散(しみょうさん)
軽度〜重度の急性膵炎に使用することができます。抗炎症作用の高い黄柏、炎症性サイトカインの生成を抑制する蒼朮、インスリン感受性を正常化する薏苡仁を含有。病気になる前は肥満気味で炭水化物の多いペットフードを食べており、いかにもメタボを起こしていそうな犬に最適です。脂肪腫や脂漏性皮膚炎、膿皮症、マラセチア性外耳炎、膀胱炎などの炎症性疾患をたびたび起こしていたかもしれません。もともと暑がりで、舌は赤みが強くて腫れぼったい犬に向いています。
三仁湯(さんにんとう)
四妙散よりは抗炎症効果がやや低くなりますが、インスリン抵抗性を正常化する作用が高いため、膵炎だけでなく、糖尿病や副腎皮質機能亢進症(クッシング)の診断歴がある場合にも向いており、急性期が過ぎても継続することができます。やはり耳や皮膚、結膜、呼吸器、腸、肝胆系、尿路などの上皮系の炎症を起こしやすい犬に向いています。特に暑がりの傾向はなく、舌は赤色〜紫色で腫れぼったく、唾液でよく濡れています。
小柴胡湯(しょうさいことう)
小柴胡湯は、抗炎症効果が高く、血流や胆汁の流れなど全身の巡りを整えてくれる漢方薬です。膵炎の急性期に血流を促すと、膵臓のうっ血や浮腫を悪化させ消化酵素のさらなる漏出を起こして炎症を悪化させることがありますが、急性期が過ぎて Spec cPL値が下がってきたら、膵臓の機能を維持するために膵臓実質への血流を回復するのがおすすめです。メタボが気になる症例では、三仁湯と併用することも可能です。
膵炎の原因として自己免疫性疾患が疑われる場合や肝酵素値も大きく上昇している場合は、小柴胡湯が第一選択肢になります。
ハーブ・ホメオパシーを使いたい場合
- フリンジツリー(アメリカヒトツバタゴ)バーク:膵臓をサポート。糖尿病や肝炎が併発している場合にも。水1カップに対し乾燥ハーブ大さじ1を加え、1/3量になるまで煎じる(15〜30分)。体重1 kg あたり1〜2 mLを浣腸投与。1日3〜4回・症状が緩和するまで数日間継続。
- セイヨウノコギリソウ:チョコレート色〜黒色の便がでるなど、消化管出血がある場合に。乾燥ハーブは体重1 kg あたり50 mgを1日2〜3回。濃縮エキスは体重1 kgあたり3〜5滴を1日2〜3回。
- アイリス・バージカラー(Iris Versicolor)6C:腹痛、便秘または水下痢、嘔吐、流涎(吐き気)などの急性期の症状に。1粒を4時間おきに投与。24時間以上経っても改善がみられない場合は別の方法を。
- ナックス・ボミカ(Nux Vomica)30C:冷え、食欲不振が気になる犬に。1〜2粒を4時間おきに3回まで。
マウスで行われた最新の研究では、カレンデュラが急性膵炎後の膵臓の再生に役立つ可能性が示されています。
慢性膵炎
慢性膵炎では、膵炎を起こしやすくしているインスリン抵抗性や内皮細胞機能を正常化し、残った炎症を抑える漢方薬を用い、増悪を予防します。食事療法も併用してメタボ状態を完全に防げば、いずれは漢方薬もハーブもなしで症状をコントロールできるようになります。
胃苓湯(いれいとう)
インスリン抵抗性を緩和する効果が高いため、もともと太りやすくメタボを起こしやすい犬、糖尿病などの代謝性疾患を併発している犬に向いています。体を温める効果があるため、暑がりの症状を示している場合は急性期〜亜急性期の漢方薬を。
一貫煎(いっかんせん)
当帰と地黄が内皮細胞に作用し、微小循環を回復して慢性炎症を沈静化。血流を促進するため、うっ血状態を起こしている急性膵炎には使われません。皮膚や被毛の乾燥、体重が増えない、貧血気味、気が弱いといった肝血虚・肝陰虚の症状を生まれつきか、あるいは膵炎の経過が長くなるにつれて示すようになった犬に向いています。
軽度〜中程度の肝炎(胆管炎)・胃腸炎・膵炎を併発している場合にも使用されます。
当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
脂質代謝障害による高脂血症を起こしやすい犬に。血流を促して高脂血症による炎症や内皮障害、慢性炎症を緩和します。便に粘膜が付着していることがある、食欲にムラがある、消化不良を起こしやすい、神経質なところがある、被毛が乾燥しやすい、突然尿意をもよおすことがあるといった症状もあれば、この漢方薬が向いています。
食欲をサポート
膵臓や全身に波及した炎症が鎮まるとともに食欲は自然に回復してきますが、すでに膵炎の経過が長く、食欲不振や体力の消耗、体重の著しい低下が気になる場合は漢方薬の力を借りましょう。
六君子湯(りっくんしとう)
全体的に元気食欲がなく、貧血、筋肉の消耗、嘔吐、軟便、足腰に力が入らないなどの症状がみられる場合に。胃腸の働きを強め、食欲を回復します。舌は薄く、蒼白。唾液や痰が多く、浮腫などの症状がみられることも。他の漢方薬と併用可能。
人参栄養湯(にんじんえいようとう)
元気食欲がなく痩せてきて、軟便、不眠、よく夢をみるといった症状が続く場合。嘔吐はそれほど気にならず、貧血(粘膜蒼白)や疲れ、冷えが目立つかもしれません。ステロイドなどの免疫抑制剤の長期使用による消耗にも。他の漢方薬と併用可能。
ハーブ
- ゲンチアナ根エキス(Gentiana lutea):食前に体重1 kg あたりチンキ剤1〜2滴を舌にたらす。
- 体重 1 kg あたり添加物を含まない有効成分量 60〜75 mgを1日2回に分けて与える。2〜3倍量まで増やすことができる。
- 注腸投与:上記の量の2〜3倍量を5〜15 mLのぬるま湯に溶かし、カテーテルを横行結腸まで挿入してゆっくり注入する。アルコールを含む液剤タイプは使用しないこと。